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2010年07月 アーカイブ

2010年07月30日

独 照明見本市 Light & Building

フランクフルトで隔年で開催される照明見本市Light & Buildingは、今やイタリアで開催されるユーロ・ルーチェをしのぐヨーロッパで最大の照明見本市になっています。最大の理由は、今の時代の照明は、照明器具を楽しむと言うよりは建築空間そのものを楽しむようになってきたためです。20年前はまだ目新しかったマンションの建築照明(あらかじめ仕込まれている照明)も、今はリビングの間接照明など当たり前に使われるようになりました。そのLight & Buildingが今年4月に開催されたレポートをします。

街の中央にメッセ会場があるフランクフルトはドイツというか全欧の金融のメッカです。人口は約70万人程度でドイツ第5の都市ですが、ドイツ銀行とヨーロッパ銀行という超一流の金融機関本店があり、以前は「金儲けのみの街、 バンクフルト」と呼ばれるほど文化性があまり見られない都市でした。しかしフランクフルト市の社会党が1970年ミュンヘンの文化局長をしていたホフマンを招聘し、 彼が都市文化を高めることは経済効果をもたらすと文化政策を進めたことで、近年文化都市への変貌を大きくとげています。そういった背景のもとで、フランクフルト・メッセ(国際見本市を運営する市の第3セクター)と街は、単に外からの集客を図るコンベンション・シティという経済効果だけでなく、市民に広く文化的な豊かさをもたらすという福祉効果によって支え合っています。

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高層ビル群からマイン川をはさんで川沿いに、映画、建築、郵便、美術といった13の博物館・美術館が並びます。郵便博物館を除いて、他は昔からの豪邸を改装し利用していて、日本の自治体も学んでほしいところです。

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郵便博物館はミュンヘンオリンピックの競技場の設計をしたギュンター・ベーニッシュによるもので1990年竣工

そしてLight & Building会期中は、フランスのリヨンのように街中が一体となった光のイベントが開催されます。LUMINALEというこのイベントは、単に建物をライトアップするだけでなく、現代美術と一体となったインスタレーションが街中にあふれ、なかなか見応えのあるものです。

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改装中のビルを使った照明イベント (2004年)

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一般のビルをも会場とした、百数十の照明イベントが参加するルミナーレは、夜中まで各イベント会場を巡る無料巡回バスが用意されていて、市民が気軽に参加できるようになっています。

ところで今年で6回目となるLight & Buildingですが、今や照明に関しては、本家ハノバーの産業総合見本市をも凌駕しつつあるように思われます。日本のメーカーも徐々に数を増して、日本の先端技術を生かした企業群も十社ほど出ています。東芝、遠藤照明、スタンレーといったところです。いずれもLEDランプの開発で、環境技術というこれからのマーケットを捉えていこうとしています。

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中でも目をひいたのは三菱化学が照明家の内原智史さんに依頼した有機EL(OLED)の照明器具で、心地よいアンビエンテな光を追究するコンセプトは、NEDOが出展していたOLED事業と好対照をなしていました。NEDO事業はLEDに同じ機能で対抗しようとしているため、OLEDの課題である高コストは世界市場規模の量産体制がとれなければ解決できないという、鶏と玉子の関係にはまってしまっています。一方で三菱化学は、OLED材料を蒸着でなく塗布でいくことで解決を図っています。日本が世界に今のところまだ先行技術を誇れるOLEDに国を挙げて期待がかかっていますが、安定性などまだまだ解決すべきハードルは高く特にコストの問題が立ちはだかります。三菱化学のような柔軟な開発手法が望まれると思います。

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Light & Buildingで存在感を誇るのは、電機・家電メーカーで世界最大級のフィリップス。LED照明においても世界の覇者となろうとしている。 LED.jpg

無機LEDで各社が活発に開発を進めていたのが、色調のコントロール機能でした。店舗で商品特性に合わせた光を作り出すことや、大画面で効果を出すことなど、これからの照明の可能性を追求しています。

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人気ブースだったのは、LED球を配線なしで壁面や天井にピン止めし、好きなように楽しめるというシステム。インテリアデザイナーにとってうれしい製品です。

日本の伝統地場産業2社も出展しています。和傘の「日吉屋」と絞り染めの「スズサン」です。共に消え果てそうな日本の伝統技術を照明という新しい分野に持ち込んで、伝統産業の再生に挑戦しています。メイン・エントランス入って直ぐのホール1の、しかも入口付近にブースをかまえて、初日の朝から引きも切らないバイヤーの応対に追われていました。

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京都の老舗和傘屋の日吉屋は、3年前から和傘の骨組み技術を使ったランプシェードを開発。すでに海外でも人気商品となりつつあります。

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左はJETROの輸出促進エージェントの草野氏、右が日吉屋の西堀氏

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 スズサンはスイスの照明メーカーと契約を結び、そのブースに出展。絞りの布に酸化チタンの光触媒を施した画期的な照明と言えます。

(船曳 鴻紅)

2010年07月31日

大連家具見本市

6月10~13日まで中国の大連で家具と内装材の見本市が開催されましたが、そこに日本家具産業振興会が、JETROの補助も得て日本ブースを出展させました。高山から日進木工、シラカワ、柏木工、飛騨産業、その他カリモク、富士ファニチャー、モリシゲが参加しています。日本としてまとまって中国の見本市に出るのは今回が初めてです。

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写真は日本家具産業振興会の杉本隆雄顧問と。

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見本市開場前のセレモニーで中国家具協会の賈清文理事長が主賓挨拶。政治と経済が未分離の中国では、こういった公益法人の理事長もほとんど共産党幹部が占めています。賈理事長は在職年数も長いので、いずれ近いうちに幹部交代とも取りざたされているようです。

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今回の大連見本市出展団長でIDAFJI副会長の北村斉日進木工社長が、賈理事長に日本ブースを案内。理事長はしきりに日本の木工家具のクオリティの高さに感心していました。

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副団長の白川勝規シラカワ社長の出展方針は明解です。いずれ中国、ロシアへの輸出を本格化させるには、日本から直接輸出するより、いったん中国に中継地点を設けたい。それには大規模な港湾を抱え、木工業の下地がある大連をアセンブリー基地として考えられるかどうか試す価値があるということでした。

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 加藤信カリモク専務は、ちょうど開発を終えたばかりのニュー・ラインを発表しました。ロンドンで活躍されている澤山乃莉子氏ディレクションの「蓮夕」コレクションです。

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 もともと大連家具見本市は、木材の集積地ということもあり、家具というよりは建築資材の見本市という性格があります。今回のJAPANブースの出展は、見本市としては「鶴」が舞い込んだような華やかさをもたらしてくれましたが、IDAFIJとして本格的な中国市場開拓のためにはやはり広州、上海といった大見本市にでることも視野に入れた方が良いと思われました。

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すでに90年代半ばから大連に自社工場を設け生産しているのは野田産業です。工場は大規模な粉塵除去装置も設置され、日本国内の家具メーカーの工場と比べても遜色ない近代的な工場でした。その野田産業は、地元である大連家具見本市には小規模なブースしか出展せず、やはり勝負は広州と上海でしているとのことでした。

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今回大連に出展した各家具メーカーのスタッフの方々と、大雨だったので滞在するホテルのレストランで会食。安くてボリュームがあり、そこそこのお味は有り難い。大連は親日的な街で英語よりも日本語の方が通じて、日本人にとっては居心地の良い街です。

(船曳 鴻紅)

中国のマンション開発

日本は、1905年日露戦争後に租借権が譲渡された大連を貿易都市として発展させるため、鉄道を始めとするインフラの整備を進めました。その名残は今でも大連のそこかしこに見られます。

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中山広場の周りには旧朝鮮銀行、ヤマトホテルなど7棟の日本人建築家による建物が残されている。

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戦前の日本人住宅が一部まだ解体されないで使用されています。近年大規模なマンション群が開発されるまでは、ガスなどの設備が整っているため市民にとっての高級優良住宅でした。

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昔なつかしい市電の風景

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上海ほどではなくとも大連も中国第三の港湾都市であり、都市圏人口は350万人にもなります。そのために市内のあらゆる所で、旧市街地を取り壊して新たな商業施設開発、住宅開発が進められており、高層住宅群が林立する様は中国経済の内需拡大の勢いを十分に感じさせるものでした。そんなマンション分譲の現状をお伝えします。

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span style="font-family: MS PMincho">大規模な郊外型高級住宅開発の一つ「明秀山荘」。よく手入れされた庭園には噴水やテラス式の川の流れも配されていて、高層マンションが建ち並ぶ様は日本のマンション開発の数倍の規模はあります。このような分譲開発が大連都市圏にこの数年の間にいくつも行われていて、現在のところ大変順調な売れ行きでした。

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このマンションを案内して下さったのはカー・レンタルで成功しつつある方で、分譲マンションを2戸買い、一つは自宅、もう一方は投資として購入し当分は賃貸にまわす予定です。家具付き賃貸用としてすでにインテリアはすべてセットされていました。床は大理石、照明もリビングやダイニングセットも、豪華なヨーロピアン・テイストです。

次に視察したのは大連市の都心型高級マンション開発です。ここは松下電工が分譲住戸の一部を内装施工で引き受けていました。1階のフォワイエやラウンジ部分は広く豪華で、高級ホテル並みの内装仕様にしてあります。

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これまで中国のマンション分譲はスケルトンで売られてきました。自分の居住用であれ、投資として購入しとりあえず賃貸にまわすものでも、購入者は市内の家具城(インテリア・マート)でインテリア資材を調達して内装工事を仕上げます。その意味ではインテリアは千差万別の個性的な仕様となっておかしくないのですが、実際は中国人にとってのゴージャス・イメージの最大公約数ヨーロピアン(アメリカン)クラシックでまとまっています。 

ところで今、中国当局はスケルトン売りに代わって一次内装(床壁工事、キッチン、バスルーム、エアコン工事済み)を推し進めています。個々の住戸が勝手に工事をしているといつまでも工事が続いて周囲に迷惑をかけたり、廃棄物処理に問題が生じたり、健康障害を起こす内装材が使われていたりするからで、今後内装付きでないと分譲できない可能性も出てきました。その時に床、壁のテイストが多少ナチュラル志向にならないと、(地味めな)日本家具には不利な状況が続きそうです。 

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<このマンションは新方式の内装済み分譲なのですが、インテリアデザインは一言で言えば「アメリカン・クラシック」。ジョージ・ブッシュの後援者達が好みそうなテイストで、中国でも結構ハリウッド映画や大河ドラマ「ダラス」などが観られているのでしょうか。しかし中国の施工業者が受け持った住戸では、高すぎるキッチン・テーブル、高くてまたぎにくい浴槽のへりなど、エッと思う造りが随所に見受けられました。それでも売れているのは、購入者が投資用にと3戸も4戸も買っていくおかげで、正真正銘のバブル状態と言えます。

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見本市が開かれた大連EXPOプラザの地階にある家具城です。ここは広州から入ってきた家具がメインでした。

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<市の中心部ににある 「大世界」家具城。入口入ってすぐ正面にはコーラー他世界の衛生機器が陳列され、上階に家具のショールームが並んでいます。これまではマンションはスケルトン分譲だったので、一般客対象に設備系のインテリア・マートが充実しています。ここの家具は大多数がゴージャス・クラシック系。

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「大世界」の3階に野田産業のショールームがありました。ゴージャス系を嫌うニッチな数パースセントの顧客層を狙う戦略をとっているそうです。野田社長によれば、「ひと頃シンプル・モダンでいっていたが、代理店の要望もあり今は日本的なイメージを前面に出している。 1995年に稼働開始した大連工場の生産高の半分も、今や中国国内と諸外国に売っている」そうです。そこでホットで有望に見える中国市場の印象を野田社長にうかがうと「市場は拡大しているが、それ以上のスピードで供給側が増えています。これからは益々厳しくなるでしょう」と冷静な分析をされていました。

「今回、準備にもあまり日数をかけない中でこれだけの視察ができたのは、ひとえにJETRO大連オフィスのおかげです。 大連JETROとしてのメイン産業分野は港湾とエネルギーのはずで、住宅開発・家具についてはほとんどご存知なかったのですが、1週間ほど前に浜野輸出促進部長を通じて問合せをしておいたところ、分譲マンション視察などをセットしていただけました。いわゆる西欧先進諸国でない国を訪問するときは、広く情報を得るために各国JETROオフィスを利用させていただいています。もちろんビジネスを進めるためには、それぞれの業界内部情報を十分に把握しておくことが必要でそこまでは到底できないのですが、とりあえずの手がかりを得るにはとても有効です。

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写真は高橋所長を始めとするJETRO大連の方々と、本部の浜野輸出促進部長、安藤展示部課長の皆さん

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ジェトロ岐阜の西本敬一所長の祖父は戦前満州で活躍した建築家大塚剛三だった。祖父の作品の一つ、戦前の「三越大連支店」を初めて訪れた西本氏。

(船曳 鴻紅)