2012年05月03日

フランクフルト照明見本市

隔年で開催されるフランクフルト照明見本市「Light & Building」に今年も出かけました。大体いつも開催期間がミラノサローネと重なるので、今回はまずフランクフルトに入りその後ミラノとなります。

RIMG0030.JPG

欧州では北の機能照明、南の装飾照明とされてきており、北の雄はフィリップスを始めとしてツントベル、オスラムなどの建築照明の諸メーカーです。

RIMG0029.JPG

インゴマウラーは今年は少しスケールダウン。

RIMG0041.JPG

ユニークな照明器具で日本でも人気のあるモデュラーは今年はサーカス仕立て。

RIMG0042.JPG RIMG0043.JPG

三宅一生さんの「陰翳」をいよいよイタリア、アルテミデ社が生産することになりました。

RIMG0013.JPG

日本の若手企業もがんばっています。日吉屋の西堀さんとミュンヘンで日本のデザイン製品を販売プロモーションする鈴木さん。

  RIMG0015.JPG

スズサンの村瀬弘行さんは、デュッセルドルフに事務所を置き、年々大きく飛躍しています。

  RIMG0053.JPG RIMG0066.JPG

見本市会場の中庭に突然日本の鳥居が出現。何かと思えば、ゼロエミッションやスマートグリッドのシンボルとして使われているようでした。

  RIMG0082.JPG

今年は欧州全体を覆う経済危機の中、例年よりも市内照明イベントは数も意気込みも控えめのようです。

  RIMG0086.JPG

街中の公園を光のベンチでうめていたのは美しかった。

2012年01月27日

セント・マーチンズ・カレッジ

翌年にオリンピックを控えるロンドンに行ってみました。ロンドン芸大の中核をなすセント・マーチンズ・カレッジが新校舎に移転統合されたというので、お祝いにJane Rapley学長を訪ねたのです。

R0018281.JPG

もうオリンピックまで半年もないというのに、この状態。交通機関が未整備で学生には迷惑をかけるけれど、ロンドン市の要請でカレッジはここに一番乗りしなければならなかったとJane は言っていました。

R0018306.JPG

工場だった建物2棟をつないだ設計ですが、1年の半分はどんより暗い北国イギリスのこと、この中で完結できるのは学生にとっても職員にとっても快適な環境だと思いました。

R0018295.JPG

地下鉄列車を応用した、移動販売車のような売店もクール。

R0018301.JPG

中にはLMVHグループが寄付した劇場兼スタジオまであります。

R0018298.JPG

セントマーチンズというとファッションが超有名ですが、「英国王のスピーチ」でアカデミー賞を受賞したコリン・ファースもここ出身など多彩なのです。

R0018310.JPG

ここはプロダクトの制作室。ファッションはちょうど卒業制作の真っ最中で、青田刈りを狙うファッション企業やメディアにに配慮して、写真撮影は御法度。

R0018313.JPG

プロダクトには、学生がかなり自由に使える3Dコピーマシーンも設備。

  R0018321.JPG

右が、この移転大作業を終えたばかりのJane、左はテキスタイル、ファッション部門の部長であるAnn Smithさんです。

2011年11月02日

台湾デザインの背景-台南

成功大学を訪問して

R0017596.JPG

前稿の世界貿易センターに出展参加していた国立成功大学は台南にあります。成功大学からは毎年日本デザインコンサルタント協会(JDCA)が1ヶ月間のインターンシップをお引き受けしているので、台北から台南に足をのばしました。

  R0017735.JPG

すぐ近くには日本の昭和天皇がお植えになったガジュマルが大きく育ち、学舎も何も数十年前にタイムトリップした感じです。北の国立台北大学が東大、南の成功大学は京大のといった印象。実際台北大学が政治経済関係に強いとしたら、成功大学は建築、医学に強い。

R0017745.JPG

たまたまJDCAにインターンに来ていた学生さんに出会えました(左端)。

R0017632.JPG

この後、市内を台南出身の李蔓麗先生にご案内いただき、まず立ち寄ったのが若い女性二人が始めたデザインホテル。建築家と市役所で働く二人が資金を集めて、古いホテル佳佳飯店を改築したプロジェクト。

  R0017647.JPG

階段部は藤本荘介さんがデザインしてくれたそうです。

R0017643.JPG

各室はそれぞれ趣向が異なって、薬好きな人のための部屋とか、お風呂が好きな人のための部屋とか、かわいく飾るのが好きな人のための部屋とか、面白いです。料金はとてもリーズナブル。http://www.taipeinavi.com/hotel/315/

R0017755.JPG

次に訪れたのは、日本統治時代の製糖工場の跡地を再開発した橋仔頭芸術村。

R0017761.JPG

開発当時は行政の後押しもあって若い活動家達が集まって始めたアーチスト・レジデンスですが、今は篤志家の寄付と細々と続けるカフェなどの収益で維持しています。それでも住み込む作家達の個展を年に数回は開催。

  R0017767.JPG

写真の彼もその一人ですが、美大芸大出身などではなくいわゆる民衆芸術家。

  R0017825.JPG

作品は、窯自身を手作りし、それをフイゴを使って数百度に熱し、中に詰めた人形を作品として売るという仕組み。しかしその窯が魚の形をしていて、口とエラから火を噴き出し、その制作行為がパフォーマンスとなっている。これは面白かった。

2011年10月27日

台湾デザインの背景-台北

R0017507.JPG

2011年10月台湾の台北で世界デザイン会議が開催されました。この国際デザイン連盟(IDA)設立後(国際グラフィックデザイン団体協議会、国際インダストリアルデザイン団体協議会、国際インテリアデザイナー団体連合の3団体が合体した)初の国際大会に先駆けて、国と市の主催による「2011台北世界デザイン博覧会」が、3会場1万4,200坪の展示面積で開催されています。

  R0017462.jpg

主会場となった松山文創園区は昔は「台湾総統府専売局松山タバコ工場」。台湾の近代化工業の工場建物の先駆けで、旧工場群もよくメンテされた緑に囲まれて現在はアートを楽しむカルチャースポットになっています。

  R0017465.JPG

行政の主催、各デザイン団体の主催、学生展、様々な展示が一堂に会して、中には世界のデザイン賞を獲得した台湾のデザイン製品も展示されていました。

R0017445.JPG

メイン・イベントは世界のデザイン製品を、Dining, Kitchen, Studyなど市民の生活の場を設定して分類したデザイン展。

  JCDA%E5%B1%95%E7%A4%BA%E4%BC%9A%EF%BC%88%E5%8F%B0%E6%B9%BE%EF%BC%89.jpg

日本の団体としては、工芸セクションに日本クラフトデザイン協会が参加していて、他のデザイン展に比べ多くの鑑賞者を集めていました。やはり一般市民にとっては、デザインというよりも工芸の方がどうしても親しみやすいのでしょう。

  dezainnsennta-%20.jpg

松山文創園区の一画に南港から台北デザインセンターが移ってきていました。以前の近代的なオフィスとうってかわってレトロな味でいくのは、単に行政上の都合と言うより、今のトレンドをそのまま反映しているのでしょう。

  R0017559.JPG

そこで作品を出品していた浅葉克己さんに遭遇。右端は元故宮博物院の院長、李蔓麗さん。

  R0017574.JPG

世界貿易センターには、台湾の各大学、個人デザイナー達が参加するマーケットが出現しました。

2011年10月08日

ハンブルグのエコ・シティ開発

港湾都市ハンブルグは湾岸地区再開発の真っ最中です。 0017064.jpg

 iF賞のFrank Zierenberg 氏(左)とHafen cityの開発に関わるAchim Nagel氏(右) 

  0017067.jpg

 遠方に見えるのはスイスのヘルツォーク&ド・ムーロン設計のコンサートホール

0017069.jpg  

意匠だけでなく総工費2億4100万ユーロと見積もられて、ハンブルグ市民の間ではあまり評判は芳しくないそう。

  0017079.jpg

Achim Nagel氏の後ろに見える建設現場は、彼の開発プロジェクト。風の強いハンブルグを利用した風力発電と地熱発電で建物の電力をほぼまかなう。主力テナントはグリーンピース国際本部となる予定だそうです。

  0017121.jpg

これら湾岸地区は 「HafenCity(ハーフェン・シティ)」と呼ばれています(Hafenは「港」という意味)。
大学、住宅、店舗、公園、レジャーなどが融合した街として開発が進んでいますが、リーマンショックの影響でファイナンスが思うように進んでいないということでした。

2011年09月27日

パリ・デザイン・ウイーク

世界一のエキスポ・シティ、パリ 

パリは毎年数千万人の観光客が国外から訪れるだけでなく、数多くの国際見本市が開催される世界最大のエキスポ・シティ(産業博覧都市)だ。ファッション・インテリア分野だけでも1年間に27もの国際見本市がある。しかし近年は、ロンドン、ミラノなどの追い上げも激しい。すでに世界では、ファッション以外でもデザインが消費材ビジネスの牽引役となってきており、それを推進するデザイン・ウイークが世界の都市という都市に拡がる中で、パリも遅まきながら今年初めて加わることになった。

  0016967.jpg

メゾン・エ・オブジェの主催社であるSAFIは、現在PARIS CAPITALE DE LA CREATION(創造の首都パリ)という計画をパリ地域圏経済開発公団とともに推進しており、このパリ・デザイン・ウィークも彼らの主催だ。SAFIの役員によれば、この数年ほどの間にイタリアなどのインテリア・メーカーもショールームを次々とパリに開店させているので、その広報やプロモーションの需要もあって、大規模なデザイン・イベントを市内で開催する機が熟したとのことだった。

  0017304.jpg

メゾン・エ・オブジェの後半にかぶる形で9月12日から始まったデザイン・ウイークは、市内各所のショップ、デザイン施設で18日まで開催された。その中心となったのは2年前に開設されたLIEU DU DESIGN(デザインの場所)とセーヌ河畔に新設されたCité de la Mode et du Design(モードとデザインのシティ)だ。工芸職人が界隈にまだ残るバスチーユ地区に設けられたLIEU DU DESIGNは、パリ市のデザイン拠点とも言えるところで、デザイン業界の交流を図り、デザイン賞の推進や企業へのデザイナー紹介を行う。写真はパリ・デザイン・ウイークの立役者である、左からSAFI代表エティエンヌ・コシェ氏、その右腕フランク・ミヨ氏、LIEU DU DESIGN代表のローラン・デュテイユ氏達だ。

  0017333.jpg

Cité de la Mode et du Designはアウステルリッツ駅に近い船荷倉庫を、レストラン・バーや貸しスペースにリノベートしたもので、今後は若手デザイナー育成のために低家賃でオフィスを貸し出していく予定だ。デザイン・ウイーク期間中はメゾン・エ・オブジェnow!の場外版now!le Offが開催されていた。メゾン・エ・オブジェに出展するにはまだもう一歩という若手が、まずここで作品発表してnow!へのチャレンジ権を手に入れるのだろう。

0017208.jpg

パリも東日本を応援している 

そのCité de la Mode et du Designでは、SAFIが震災後の日本を応援する「Dessine Moi le Japon(日本を描いて) 展」を開催していたのでぜひ紹介したい。

  0017151.jpg

ジョルジュ・アルマーニ、高田賢三、クリスチャン・ラクロア、シャンタル・トーマスといったファッションデザイナーからハビエル・マリスカル、カリム・ラシッド、コンスタンチン・グルチッチといったプロダクトデザイナー、さらに建築家ジャン・ヌーヴェルやパティシエのピエール・エルメといった錚々たる人々が、日本の震災復興支援のためにデッサンや写真のコラージュなどを寄せてくれていた。いずれ来年早々にこれらの作品のオークションを行い、売上を被災地に寄付したいとのことだ。写真はフランスで実力派のインテリア・デザイナー、シルヴァン・ドゥビュイッソン氏が寄せていた作品。

  %E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%93%E3%83%A5%E3%82%A4%E3%83%83%E3%82%BD%E3%83%B3.jpg

実は私が今回パリを訪問したのは、メゾン・エ・オブジェの視察のためだけでなく、日本の伝統工芸を紹介する2つの展示を行うためだった。パリには国際交流基金の海外拠点としてパリ日本文化会館という立派な文化施設がある。これまで数多くの展覧会を開催し、また映画・演劇、茶道・華道の紹介などを通じて、日本文化をフランスに浸透させてきた。

  %E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%96%87%E5%8C%96%E4%BC%9A%E9%A4%A8.jpg

ここで現在「東日本からの声」という、東北地方の職人達による手工芸品の展示を行っている。今や全国で伝統産業の職人は高齢化しその数は減るばかりだが、その中で今回の大震災が起こった。彼らが再び前向きに仕事に取り組む意欲を持てるよう、フランスを始めとする海外の理解者を増したいと考えた。

http://www.mcjp.fr/francais/expositions/messages-de-l-est-du-japon-303/messages-de-l-est-du-japon

  0016947.jpg

もう一つは日本の若手工芸作家を応援する、パリ目抜きの通りに設けた弊社ギャラリー・スペースでの展示だ。金沢にある卯辰山工芸工房という研修施設では、陶磁器、漆、染め、金工、ガラスの5分野で、日本全国から選抜された研修生が研鑽を積んでいる。そこから巣立った若手作家達は今や日本の工芸を支える輝かしい才能となっているが、経済的に厳しい状況にあるのは伝統産業の職人達と同じだ。日本の伝統文化を失われた過去のものとしないためにも、ぎりぎりのところで頑張っている彼らにエールを送り、勇気づけていきたいと思う。

  %E5%8D%AF%E8%BE%B0%E5%B1%B1.jpg

写真は、パリの有名日本レストラン「花輪」の1階にあるショールーム。場所はモンテーニュ通りから一歩入ったところで、向かいはシャネルの本社、隣はフランス第一のラジオ局で、プロフェッショナルな発信力が期待できる。

http://www.craftec-japan.com/ja/showroom/

船曳鴻紅

2011年09月08日

2011年9月メゾン&オブジェ

メゾン・エ・オブジェの9月はクリスマス商戦向けのインテリア・生活雑貨とアウトドア関連が中心ですが、今年は見本市の主催社であるSAFIが第一回パリ・デザイン・ウイークを立ち上げたため、例年に増して発信性が強くなりました。近年ビジネスがグローバル化してくると、見本市も1年に1回の開催では追いつかず、そのため常にフレッシュな情報が世界から集まっているという演出が求められるようになってきています。

  0016970.jpg

パリの北、シャルル・ドゴール空港に近いヴィル・パント(松の街)と呼ばれ周辺には松林が残る郊外に見本市会場はあります。ここでメゾン・エ・オブジェは年2回開催されます。

サローネと同様、世界のデザイン・ジャーナリストが最新情報を求めて集まるメゾン・エ・オブジェは、ホール毎にコンセプトと商材が振り分けられます。中でも特にデザイン性が強いのはホール7にある「now!」です。now!は、ビジネスというよりも新人発掘、これから伸びる商材を見つけるゾーンですが、ここ数年、各国政府が国内のデザイン振興をするための出展が目立ってきました。今年1月には日本から若手デザイナーを紹介するブースが出ましたし、この9月はシンガポール、タイ、スエーデンといったところが出ています。これからのグローバルな産業政策として、まずは90年代にイギリスが始めたデザイン振興策(若年層の失業対策の意味合いが濃かった)をなぞらえ、オリジナルな発想を持つ若手人材の発掘・育成が欠かせないという判断があります。

  0017018.jpg

スエーデンは近年、政府が厚いデザイン政策をとり、北欧諸国の中でも一歩先を行き始めています。

  0016977.jpg

東京の小規模なガラス・メーカーに特殊技術を見込んで製作依頼してくれたシンガポールのパトリック・シャ氏(製品は中央と右のガラス容器)。シンガポールにはこういった手仕事はないこともあり、日本の中小製造業の技術をとても高く評価してくれます。

ホール7の入口には、メゾン・エ・オブジェの主催社であるSAFIとパリ都市開発局がスポンサーする「TALENTS」というコーナーがあります。東日本震災への応援歌と、日本に住んだことがあり大の日本好きとして知られるエチエンヌ・コシェ社長の存在もあって、今年は6組の日本若手デザイナー集団がフィーチャーされました。中には三宅一生さんに推薦された高島一精さんが入っていたり、箱根寄せ木細工の若い職人達がグループとなった雑木囃子、また金沢卯辰山工芸工房出身の若手作家達がいます。特に自分の手で素材の段階から丁寧に作り上げる日本の工芸作品は、すでに国内でそのような手工芸産業をほとんど失ってしまった仏・英・独のビジターの目にあらためて新鮮に映ったようでした。

  0016993.jpg

ホール7の入口に設けられた「タレント」というコーナー。初日にはアランドロンなど有名人も来て華やぎを添えたそうです。

  0016998.jpg

見本市の目玉となる「TALENTS」に招待された卯辰山工芸工房出身の若手作家達。パリ市内の弊社TDCのギャラリーでは、13人の卯辰山工芸工房作家展を11月まで開催します。

  0016983.jpg

ホール7の「now!」ゾーンでは新進のデザイナー達がしのぎを削っています。中でも「molo」はメディアだけでなくバイヤーからも、リブ状の「紙」を間仕切り壁で高い関心を引いていました。経営するのは米建築家夫婦で、彼らが設計コンペをとった「ねぶたハウス」が昨年青森市に建設されています

0017007.jpg  

サンディ・チルウイッチ氏はもとはストッキングの会社勤め。1997年に左のストレッチ布を3段ボウルにした製品(長男の名前をつけたRay Tray)をヒットさせ、今や世界のテキスタイルメーカーとなりました。近年は建築家である夫も加わり、建築用床材にも進出しています。

0016974.jpg

毎年のメゾン・エ・オブジェで最も活躍する日本人デザイナー島村卓実氏は、セーヌ河畔に新設されたCite de la Mode et du Design(モードとデザインのシティ)に入居するよう、熱いラブコールを送られていました。百人単位しか入居できないところ、すでに700を超す申し込みがあるそうです。

  0016986.jpg

ブナコは樹の細幅テープを巻いてボウルなどを作る、cuioraは米袋を縛る紙バンドのメーカー。そこで両者の協力でできたのが、紙バンドで作る照明の傘です。アジア製品に比べ格段に高価格ですが、オリジナリティとクオリティから、ドイツを中心として注文が入っていました。

  0017029.jpg

今や東北のクラフト産業の代表選手となったブナコ。写真の壁つけ照明は以前に日本で発表されたときは関心が薄かったそうですが、メゾン&オブジェで高評価でした。やはり照明の扱いが彼我では違います。

  0017044.jpg

江戸小紋染め「二葉」の小林社長もメゾン・エ・オブジェの常連組です。毎回売り方を工夫してて、今年はがま口を10個セットで出しました。これまでは作る商品カタログにこだわって、載せている染め柄以外はもって来なかったのですが、それでは自らの強みが出せないと気づいたのだそうです。そこで多種多様な染め柄を特定せず10個一括で売りに出したところ、いろいろな柄が楽しめると完売。

0017034.jpg  

今年フランスのクラフト作家達が集まったゾーンが出現していました。21世紀は生身の人間が演じるスポーツへの熱狂と同様に、ハンドメイドへの回帰の兆しを感じます。

  0017036.jpg

フランスでも伝統的な手工芸をコンテンポラリーな表現で生まれ変わらせようとしています。

一方、会場内に目立ち始めたのが3D印刷を使った製品でした。以前なら金型を含めて製作コストが合わないために手工芸に回されていたような製品が、3D印刷によって大量生産できるようになったのです。もちろん時間と人手をかけたハンドメイド製品に比べるとクオリティはまだまだですが、アイディア一発勝負で生まれてくるこれまで見たことのないような形までも作り出せるので多彩です。 昔は捺染技術を競った複雑なパターンのファブリックスが今や日本製の印刷機で安く作られるようになったのと同じで、ここでもまた人間の手業が駆逐されていくのかと若干疑問になります。

0016984.jpg

 3Dプリンティング製作でカゴの中の鳥をオーナメントにした製品。

0017011.jpg  

樹脂系の素材を3Dプリンティングでプロダクト化すれば、複雑な形状の照明の傘でも耐火性や耐久性をクリアできるのです。

船曳鴻紅

2011年06月29日

久ノ浜の仮設店舗―プレハブの功罪

日本で市としては2番目の面積をもついわき市の中で、今回の東日本震災の被害が最も大きかった久ノ浜地区は、すぐ北に原発避難区域を抱えて今後の復興が微妙な地区です。そこで進められている仮設店舗の計画は、ある意味被災地域での生活再建の困難さをシンボリックに表しているのでご紹介します。

いわき市に行ってきたのは、5月連休明けににいわき市ボランティアセンターへの支援金をお届けした際、福祉活動家の村岡寛さんに地元の久ノ浜で被災店舗が寄り集まって仮設の商店街をつくる企画があるとうかがっていたからでした。その後手元に届いた地元紙に仮設商店街への補助金予算付けが市議会を通ったとの記事を見て、何かアドバイスをさしあげられればと再度ご連絡をとってみたのです。

R0016020%20s.jpg

毎週火曜に開かれている久ノ浜商工会で仮設店舗参加者のお話を聞く。かろうじて残った商工会の建物の2階で。外には、撤去が進んでいるとはいえ、かなり瓦礫が残ったまま。

R0016027%20s.jpg

仮設店舗(14区画)に入居予定の7社の方の不安は次のことに集約されていました。中には「商売」はあきらめている、地元へのボランティアとして「飲食」を提供するつもりで参加するという方も。

1)原発事故の収束の見通しが立たないので人口減が激しい。子供のいる家庭を中心に域外に出たまま戻らない住民が2/3もいる。

2)被災前の借金がまだ残っている人もおり、店舗の建設資金は公的補助、設備については1割自己負担で済むとは言え、はたして商売は成り立っていくのだろうか。

3)小学校の校庭を使う仮設なので、いずれ本設する場所をどう確保できるか。早く移設先を県や市が決定してほしい。

それに対して建築家であり町づくりアドバイザーでもある杉本教授のアドバイスは、参加者にとって 衝撃的だったと思います。

★「仮設」なんだから投資してはいけない。すでに被災して資産がゼロ以下に落ち込んでいるのに、これ以上金をつぎ込んでは明日がなくなる。本格的に再開させるときのために金も意欲もためておいてください。設備も備品もNPOなどで無料で提供してくれるところがある。当面は中古でいいじゃないですか。

★予定されているプレハブ建築は、工事現場での仮小屋程度の劣悪な環境なので、夏は暑く、冬は寒く、光熱費がすごくかかる。そのランニングコストも覚悟しておかなければいけない。

★行政の「公助」をあてにしていてはいけない。(地区計画などに)5年かかることも覚悟しなければならないだろう。まず災害の時には自分たちの命を守る「自助」があったが、今後はコミュニティなどを基礎にした「共助」の仕組みを中心に進める必要がある。

★建設される仮設店舗に関して言えば、(ウナギの寝床式に)お互いの店を戸境壁で囲み独立していては賑わいを作り出せない。お互いに協調し合って運営ができるような場を作らなければ。

私からも一言。仮設商店街に人寄せするためのイベントを打ちたいとおっしゃっているが、イベントには金も人も労力もかかる。それにエネルギーを割かれていては、自分たちが何のために商店街を復旧させたのかの意味も失いかねない。イベントは他力本願で行うノウハウをもつことが大事。

  R0016035%20s.jpg

杉本さんと照沼さんと、仮設店舗の建設が始まっていた小学校を一緒に視察しました。案内をしてくれたのは地元の福祉家、村岡さん。すでに大和リースに発注されていたプレハブ建物は6mの通路を挟んで@5坪の区画が7x2用意されるというもの。それに対して再開が未決定の小学校の立派な体育館が目に入る。居住性やコスト、営業面などを考えれば、一時的に体育館を「マーケット」として利用できないものかと思います。それが無理としても1店舗あたり500万円もの費用をかけられるなら、せめて木造でオープンなマーケットを作れば近隣の話題にはなるのに。文科省と経産省(中小企業基盤整備機構)の縦割り、ここでも「営業」を頭に入れていないお役所仕事の弊害が明らかに出ていました。

R0016033%20s.jpg

放射能測定器の数値は、ちょっと車が通り抜けただけで簡単に0.4から2.0マイクロシーベルト/時に振れてしまう。一番放射能をためやすいのは樹木や草地なので、小学校では表土を入れ替えるだけでなく樹木の枝葉を伐採してしまう検討も行われているようでした。

最後に東京財団上席研究員の原田泰氏の震災復興コストに関する論考をご紹介します。http://www.tkfd.or.jp/topics/detail.php?id=272

震災復興に関わる非効率な公共投資を戒める氏の主張には十分に理があるように思われます。震災は今回が最後とは思われません。日本で起こりうる次なる災害への防災準備、また不幸にして将来起こってしまう災害の復旧資金を確保もせず、今回の震災対応のために国の異常な赤字国債発行高を増やし続けることは次世代の首を絞めにいく行為です。増税も必要ですが、まずは震災復興事業についても「事業仕分け」が求められるのではないでしょうか。

船曳鴻紅

仮設住宅展示場

原発処理で注目を集めるいわき市(1万数千人の東電関係者が新たに住民となっている)に、東海大の杉本教授と東京タイポディレクターズクラブの照沼さんとご一緒に行ってきました。いわき市内では最も津波被害の大きかった久ノ浜地区に、仮設商店街計画があるとのことでの視察でした。仮設住宅建設が急ピッチで進められる「いわきニュータウン」で4種類の仮設住宅を見学し、その間で建築水準に明らかな落差が見られたので報告します。

  R0016048%20s.jpg

未分譲の土地が大きく広がる「いわきニュータウン」。そこに6月末竣工を目指した数百戸の仮設住宅ができあがりつつあります。たまたま朝着いたばかりのいわき市駅で杉本さんが旧知の安藤研究室の方に遭遇。午後に絶対行ってみようということになりました。以下は仮設住宅4タイプ。

[1]木造

  R0016042%20s.jpg

杉板の板倉構法で知られる筑波大学安藤邦廣教授の仮設住宅群。

R0016053%20s.jpg

板倉構法については下記サイトをご参照ください。http://www010.upp.so-net.ne.jp/onhome/kodawari/itakura.html

R0016045%20s.jpg

杉本さんの手にあるのは落とし込みの杉の厚板。厚板を柱間に落とし込んで丈夫な壁とする構法は、遙か昔からあるサステナブル建築と言えるのでは。

R0016058%20s.jpg

内部は杉板の節穴もそのままのナチュラル仕上げ。高い天井を利用してロフトもある。

R0016052%20s.jpg

縁側もある。屋根には換気口。

  R0016059%20s.jpg

障子、板戸など建具もついている。

 [2]在来構法

R0016050%20s.jpg

おそらく地元工務店が請け負った木造軸組構法。但し内壁はプラスターボード、屋根はトタン(言うまでもなく暑いし雨音がすごい)。

[3]プレハブ

  R0016069%20s.jpg

リース会社にストックさせているので、当然ながら応急的には最も早い。 しかしその居住性については、結露やカビなど解決されていない課題が多いはず。(参考:「仮設住宅の居住性」by 長岡技術大学 木村悟隆氏http://coastal.nagaokaut.ac.jp/~jisin/report/2-14.pdf

R0016072%20s.jpg

岩手県、宮城県はすべてプレハブで対応。福島県だけ県知事の判断で国産材を利用した木造が(一部で)発注された。

 [4]プレハブ2

  R0016061%20s.jpg

3の現場仮小屋風に比べれば、ずいぶんまともになっている。しかし軽いプレハブが地面から飛んでいかないよう支持ロープは相変わらず用いられる。

R0016064%20s.jpg

内部にはビニールクロスがはられ置き畳もあり、人によってはログハウス風の1より好む人もいるかも。建具は最小限で押し入れや各室の間仕切りはカーテンで。

R0016067%20s.jpg

玄関前にはスロープが設けられて工夫の跡が。

以上4タイプ以外にも2階建て、コンテナ住宅などいろいろあると思います。いずれも1戸あたり300万円の予算で作られているはずですが、居住性には段違いの差違が見られます。ここで育つ子供達にとっては何よりも良いデザイン教材になると、ついブラックジョークが口をついて出てしまいました。

船曳鴻紅

2011年04月30日

ミラノ・サローネ(3) デザイナーを活かす街、ミラノ

ミラノ・デザイン・ウイークは、サローネ(見本市)が開く前夜から始まります。見本市の会期中は毎夜必ずどこかのメーカー・ショールーム、デザイン・イベント会場でレセプションが開かれ、関係者やメディアが集まって夜半まで人並みがとぎれることがありません。とりわけ見本市初日の夜は同時に170ほどのパーティが開かれ、主だったところだけでもとても見切ることができないほどです。レセプションは新作を真っ先にそこで見ることができる、趣向をこらした飲食を楽しめる、などのほか、デザイナー自身が新作を語る場となるので、デザイナーに会う、見る、大きなチャンスでもあるのです。たとえば個性的な家具を多く作り出しているメリタリアのパーティに行けば、71歳にしてなお意気軒昂なガエターノ・ペッシェに出会えるというわけです。

  %E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%86%E3%83%AB%E5%89%8D%E5%A4%9C%E7%A5%AD.jpg

ミラノが「デザインのメッカ」とも言うべき存在になったのは、ここに業界のトップを切るデザイナーが世界中から集まってくるからです。ミラノではデザイナーは人気者です。デザイン性に気を遣うショップであれば、商品が誰それのデザイナーによるものだという説明をつけてくるほどで、メーカー自身をブランドとするフランスと、そこが少し違うと思います。そういったミラノを作り出した立役者であるデザイナー達が、なぜミラノを特別視するのか、なぜミラノで仕事をしたがるのか、その理由を次にあげてみます。

・ファッションとも相互に影響し合い、デザインに対する社会的認知度が高い

・モデラー(模型制作者)の存在など、プロトタイプをつくる環境が整っている

・近郊にデザインを採用してくれる中小製造業が数多く存在する

・世界的に発信力があるデザイン誌を出す出版社が多くある

・デザイナーをプロモートする広報宣伝を行うエージェントが多くいる

・世界中のバイヤーがデザインを買いに来る

サローネ見本市の存在この頃はずいぶん変わってきましたが、特に以前は完成度の高いプロトタイプを作るモデラーがいることが大きな要因でした。他の理由は他都市でも何とか可能だったかと思いますが、この人的要因はそう簡単に実現できません。なぜそれが重要かというと、日本では製品化されたものをデザインとしますが、イタリアではコンセプト、アイディアの段階でもデザインなのです。家具メーカーも多くの場合(特に斬新な発想のものは)最初から在庫を持って出品するのではなく、プロトタイプとしてバイヤーに見せ受注数によって量産化に入るという手順を取ります。そのためにはデザイナーの企図するところを正確に実現できるモデラーが必要なのです。

またデザイナーが企業内にいる日本と違って、イタリアはほとんどがフリーランスで企業とはその都度契約で仕事をします。ということは突出した才能があれば、それまでメーカーの仕事をしていなくても自らのデザインを製品化させる、実現させる可能性が大きく開かれているということなのです。そしてこれまでは世界市場への輸出を図る中小メーカーがイタリアに数多く存在し、何らかの出会いに巡り会える機会が多くありました。最近は、圧倒的な製造業国として中国が世界市場進出してきたことによって、相対的にその機会は減りつつありますが。そんなミラノにデザイナーが夢を持って集まってくるのは当然と言えます。しかもプロ同士お互いの実力を批評し合って切磋琢磨できる環境は、志を持つ者にとってはとても魅力的なはずです。

しかしこの頃は残念なことに、そんなデザイナー達がお互いにアイディアを出し合い刺激し合う牧歌的な関係が崩れ始めているように見えます。企業のコマーシャリズムに消費されていくだけのデザインは、「サテリテ(サローネ見本市での若手デザイナー発表の場)」が今や新しいコンセプトやアイディアの提示の場ではなく、商品化してくれるメーカーを探す場となってきてしまっていることに、象徴的に表れています。グローバリゼーションとともにミラノがデザイン村ではなく、世界の製造業の一コマとして組み入れられてしまったからでしょうか。

%E3%82%AC%E3%82%A8%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%9A%E3%83%83%E3%82%B7%E3%82%A7small.jpg   

ガエターノ・ペッシェは今年トリエンナーレ会場でインスタレーションを発表するなど、いまだに現役として精力的に活躍している。

%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%BCsmall.jpg

若干33歳の仏人デザイナーオラ・イトーがシトロエンの未来カーを発表パリのシャンゼリゼにあるトヨタショールームも手がけた。

%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%8A%E3%83%9D%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%8D.JPG  

COSMITとシトロエンとモンテナポレオーネ商店街のコラボレーション。通りの端から端まで若手デザイナー作品を展示していた。

  %E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%B3small.jpg

トルトーナ地区にあるステラ・マッカートニー・ギャラリーを借りてのエル・デコYoung Talent展。こういった新人発掘がフォーリサローネの真骨頂

  %E5%90%89%E5%B2%A1%E5%BE%B3%E4%BB%81.jpg    

モローゾから新作「MOON」を発表した吉岡徳仁氏。モローゾは斬新な家具メーカーとして世界的に有名だが、そこのショールームは彼のワンマン・ショーとなっていた

%E4%BC%8A%E8%97%A4%E7%AF%80small.jpg

ミラノの日本人デザイナー達が知人の外人デザイナー達に声を掛けて、東日本大震災のためのCharity Box展を実現短期間に54ほどの作品が制作され持ち寄られた。(写真は伊藤節&志信氏)

船曳鴻紅(朝日.com 2011年4月出稿)